信越本線碓氷峠紀行 その2


前回は夏場ですが、今回は冬場(春先)に行ってきました。


おさらい
碓氷峠の主な歴史

明治18年10月15日 信越線 高崎-横川 開通
明治21年12月1日 信越線 軽井沢-直江津 開通
明治26年4月1日 信越線 横川-軽井沢 アプト式で開通 (蒸気機関車)
明治34年7月13日 機関車故障により列車が退行(登坂中に停車して勾配を逆行)する事故が発生
(列車から飛び降り死者2名)このときは2kmほど退行して、何とか停車。

大正10年5月11日 横川-軽井沢 電化(日本初の電化)

昭和25年6月8日 熊 ノ平駅で土砂崩れ発生 
                         二次災害で50名が死亡する大惨事(旅客被害なし)
昭和36年4月5日 新線(上り線)起工
昭和38年7月15日 新線営業開始
昭和38年9月30日 旧線廃止(アプト式廃止)
昭和41年7月2日 複線運転開始(下り線開通)
昭和50年10月28日 軽 井沢から横川へ回送中の電気機関車EF62・EF63計4両が速度超過で脱線転覆(重傷者3名・機関士)
傾いた機関車がト ンネル側壁に擦れて付着した傷と塗料が今でも残っています。(上り線第一トンネル)

平成9年9月30日 信越本線 横川-軽井沢 廃止
平成9年10月1日 北陸新幹線開業


注 上記記載以外に2度、退行事故が発生しています。

明治29年に横川へ向かう列車の下りブレーキが故障し、横川駅まで列車が暴走した。
横川駅の車止めを突破し、機関車が崖下に転落。死亡者なし。

大正7年に熊ノ平を出発した貨物列車が登坂中に停止、最発車を試みるも退行を開始、暴走を始めた。
列車は熊ノ平駅構内の待避線に突入、脱線転覆した。乗務員と駅員、機関士合わせて4名が死亡、4名が負傷。



リンク2

碓井線の歴史






信越本線(旧線) 碓井第三橋梁


橋脚部分


いつ見ても煉瓦積みの橋脚は圧巻です




めがね橋から見た信越本線(新線)
手前が下り線・奥が上り線


春まだ遠い碓井峠





めがね橋から碓井第五隧道(横川方面を望む)
今回は横川に向けて少し歩いてみます
このトンネルは国指定重要文化財に指定されています

画像ではわかりにくいですが、横川に向けて結構な下り坂です。


隧道内部です
黒くすすけているのは、まさに煤です。
蒸気機関車時代の名残です。
乗務員や乗客は大変だったでしょう、事実、窒息事故も起きています。


内部は遊歩道のため照明が付いています
煉瓦面の白いのは何なんだろう?


緑色をしているのは苔です
トンネル壁面にも煤がこびりついています。

天井の中央部分には煤が付いていませんが、
おそらく煤が何層にもこびりつき、はがれ落ちてしまったためその部分は黒くなっていないのかも。


煉瓦に刻印が打ってあります
日 本煉瓦製造株式会社の印です


碓井第五隧道の入り口(横川から軽井沢方面を望む)



ここでめがね橋に戻り新線の橋梁に向かいます


信越本線(新線)下り線橋梁


下り線(右が横川方面)


こちらは上り線(左が軽井沢方面)


上り線(右が横川方面)


架線も標識もそのまま残っています(下り線)


道路を進むと線路に出ました、これは下り線。(軽井沢方面を望む)
立ち入り禁止の表示が無かったので少しだけ線路に入りました。
誰かが配電盤(入口左)の蓋をあけたようです。(閉めておきました)

キケンなのでトンネル内や橋の上に 行くのはやめましょう。

注 トンネル内部に丸い光が写っています、何なんでしょう??
ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル

(たぶん、ピントが奥に合っていて、被写体とレンズの間に虫や埃などがあり、
ストロボの光で光ったのでしょう、当然虫などにはピントが合っていませんのでぼやけて写るわけで す。)




横川方面(下り線)
列車が走っていてもおかしくないような状態です。


電車が通らない線路は錆びてしまっています。


ここに再び列車が走ることは・・・もうないのでしょうか。


下り線第三トンネルの竣工は昭和40年10月
下り線の開通は昭和41年7月2日、それまでは昭和38年9月30日に開通した現上り線で単線運行されていました。

くれぐれも橋の上・トンネル内部には入らないでください、キケンです。
入れるのはアプトの道のトンネルと橋だけです。
今回、撮影のため少しだけ新線の下り線に入りましたがそれ以上のことはやめましょう。

ゴミの散乱が目立ちました、ゴミは持ち帰りましょう。
煉瓦の表面に落書き・彫り込みが目立ちました、やめましょう。


次回は丸山変電所に行ってみようかな。




EF63形電気機関車 の 鉄道模型(Nゲージ) TOMIX製





2006.04.04新規